最高裁判所大法廷 昭和47年(す)88号 決定 1972年7月01日
決定
申立人・弁護人
佐藤義弥
外八名
被告人上野四郎外一名に対する国家公務員法違反被告事件(昭和四三年(あ)第一一〇一号)について、申立人らから裁判官天野武一を忌避する旨の申立があつたので当裁判所は、検察官の意見を聴き、次のとおり決定する。
主文
本件忌避の申立を却下する。
理由
本件忌避申立の理由は、別紙のとおりである。
申立人小林直人は、本件被告人らの弁護人とは認められないから、本件につき忌避申立権がなく、同申立人の本件忌避申立は不適法である。
その余の申立人らの所論は、要するに、天野裁判官は、昭和四五年三月から同年一〇月まで最高検察庁次長として在職し、刑事上告事件につき検察庁法所定の職務権限を有したのみならず、在職中にいわゆる札幌交通局事件、和教組事件および横浜中郵事件の上告審判決がなされたのであるから、これらの事件の判旨と密接に関連する論点を含む本件については、職責上当然なんらかの検察官の職務を行なつたものと認むべきであり、さらに、昭和四五年三月三〇日および同年六月一五日に提出した弁護人の答弁補充書を受け取るなど具体的に職務行為をした事実があるのであるから除斥の原因があり、また、同裁判官が本件に関与することは、不公平な裁判をする虞れがあるときにあたる、というのである。
刑訴法二〇条六号にいう「裁判官が事件について検察官の職務を行つたとき」とは、裁判官がその任官前に、当該事件について、検察官として、ある具体的な職務行為をした場合をいうものと解すべきである。ところで、天野裁判官が所論の期間最高検察庁次長検事として在職し、その間に所論各事件の裁判のあつたことは所論のとおりであり、本件について弁護人が所論のとおり前後二回にわたつて答弁補充書を差し出し、そのころ最高検察庁においてこれを受け取つたことも所論の指摘するとおりである。しかしながら、次長検事が所論の職責を有し、また、本件が所論各事件の判旨と密接に関連する論点を含むとしても、同裁判官が検察官として具体的な職務行為をした事実が認められないかぎり、本件につき検察官の職務を行なつたときに該当するということはできない。当裁判所の調査の結果によれば、所論答弁補充書は、検察庁において受理したにとどまり、同裁判官において、これについて積極的に何らかの指示をする等職務を行なつた事跡はなく、また、他に同裁判官が次長検事在職中本件につき検察官として具体的な職務行為をした事実のないことが明らかである。
また、天野裁判官が前記の期間次長検事の職にあり、検察庁法等に定める職務権限を有していたからといつて、本件につき検察官として具体的な職務行為をした事実はないのであるから、同裁判官が本件の審理に関与することが、不公平な裁判をする虞れがあるときに該当するとは解されない。
右申立人らの本件忌避の申立は、その理由がない。
よつて、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。(石田和外 田中二郎 岩田誠 下村三郎 色川幸太郎 大隅健一郎 村上朝一 関根小郷 藤林益三 小川信雄 下田武三 岸盛一 坂本吉勝)
弁護人佐藤義弥、弁護士小林直人、弁護人東城守一、同内藤功、同新井章、同尾山宏、同横山茂樹、同諫山博、同竹沢哲夫の忌避申立理由
本件について、弁護人等は、天野武一裁判官に対して先に回避勧告書を提出しましたが、同年六月八日付を以て回避されないことになつた旨、通知に接しました。
しかしながら、次のとおり、同裁判官については忌避の原因がありますので、刑事訴訟法二一条により忌避します。
1、同裁判官は、最高裁判所裁判官に新任せられた昭和四六年五月二一日までは検察官であり、昭和四五年三月から同年一〇月までは最高検察庁次長検事の地位にありました。
2、本件は昭和四三年中に最高裁判所に係属するにいたつたものでありますから、同裁判官の最高検察庁次長検事在官当時もひきつづき、係属していたものであります。
3、本件係属の最高裁判所に対応するのが最高検察庁であり(検察庁法第二条一項)、次長検事は「最高検察庁に属し」「庁務を掌理し、すべての検察庁の職員を指揮監督する」「検事総長を補佐」(検察庁法第七条)するもので、最高検察庁における検察実務全般の実質的中枢の地位にあるものであります。
4、本件は罰条として国家公務員法第九八条旧五項、第一一〇条一項一七号が掲げられている国家公務員法違反被告事件であります。この種の公務員の争議権に関連する事件として昭和四四年四月二日、最高裁判所大法廷が都教組事件および安保六・四事件の判決を言渡したのでありますが、爾来それが本件の帰趨にいかなる影響を与えるか、当事者のみならず、広く関心をもたれる状況にありました。
また、同裁判官が最高検察庁次長検事在官の間には昭和四五年六月二三日、第三法廷でいわゆる札幌交通局事件につき検察官上告棄却、同年七月一六日、第一小法廷でいわゆる和教組事件につき、検察官上告棄却の判決、同年九月一六日、大法廷でいわゆる横浜中郵事件につき、有罪の原判決を破棄差戻しの判決があいついでおりますが、これらはいずれも全逓中郵、都教組事件判決等とその判旨において密接に関連する事件であります。
同裁判官は最高裁判所に対応する最高検察庁の検察官として、ことに同検察庁次長検事として、右各事件の判決にいたるまでこれが維持、遂行に関与したものと認められますが、同時に「刑事について、公訴を行い、裁判所に法の正当な適用を請求」するべき(検察庁法第四条)職務権限を有する検察官の、責任ある立場にあるものとして、あいついだ右各判決に示された法の解釈、適用の同種係属事件への影響ならびにその訴訟遂行上の諸措置等について、協議する等関与したものと認めるべき、客観的状況にあつたというべきであります。右にいう当時、最高裁判所に係属の同種事件というのは全農林警職法事件(昭和四三年(あ)第二七八〇号)、国労久留米事件(昭和四三年(あ)第八三七号)、岩手学テ反対事件(昭和四四年(あ)第一二七五号)および本件等です。これらの事件は当時すでに大法廷に回付になつていたか、あるいは結局、大法廷回付となつた事件でありますから、それが憲法および法律の解釈、適用について判断されるべき事件(裁判所法第一〇条)たることは次長検事であつた同裁判官は職務上熟知されていたと認められます。さらに本件については昭和四四年一〇月二〇日附を以て提出された検察官上告趣意補充書に対して、弁護人は同裁判官の次長検事在官中である昭和四五年三月三〇日、同月六月一五日にそれぞれ答弁補充書を提出しているのであります。そうとすればますます、同裁判官が最高検察庁次長検事として、当時、本件の維持、遂行に関し、職務を行つたと認めるべき充分の理由があります。
5、法は裁判の公正を担保し、保障するために、刑事訴訟法第二〇条各号にかかげる外形的事実の存在そのものによつて、裁判官を職務の執行から除斥するべきものとしているのですが、その趣旨からすれば、同裁判官が検察官時代、本件についていかなる程度態様において職務を行つたかを問い、これを確定する必要はないといわなければなりません。同裁判官が検察官として職務上本件関与したと認めるべき客観的、合理的状況事実が存在することを以て除斥事由あるものというべきであります。
6、したがつて、同裁判官は本件につき、刑事訴訟法第二〇条六号に該当するものといわなければならず、本件職務の執行から除斥されるべきものであると信じます。
7、また、同裁判官が検察官時代に、検察官の職務として本件に関与したと認めるべき右客観的諸状況が実在する以上、同裁判官の本件裁判関与は不公平な裁判をする虞れがある場合に該当することは明白であると信じます。
以上、天野武一裁判官には刑事訴訟法第二一条一項所定の忌避の原因がありますので、忌避します。